'95年6月のヨハン・シュトラウス2世『こうもり』の上演の記録です。
今回の公演は序曲と第二幕のみでした。
オーケストラも舞台上に乗り、簡単な舞台装置と衣装、ある程度の演技をつけた 『半上演』とでもいうべき形式の公演となりました。

作品に関するデータ

作曲ヨハン・シュトラウス2世
原作アンリ・メイヤック、リュドヴィック・アレヴィ『夜食』
台本カール・ハフナー、リヒャルト・ジュネ
初演1874年4月5日、テアター・アン・デア・ウィーン

東大歌劇団の上演に関するデータ

1995年6月17日 世田谷区立玉川区民会館

- 演奏 -

総監督(指揮/演出): 片寄隆典

- キャスト -

アイゼンシュタイン (Br: 裕福な青年実業家) 伊香 修吾
ロザリンデ (S: アイゼンシュタインの妻) 橋本 佳代子
アデーレ (S:アイゼンシュタイン家の女中) 小野 芳
ファルケ博士 (Br:アイゼンシュタインの友人)武藤 一哉
オルロフスキー公爵 (S: ロシア貴族) 金沢 登喜子
フランク (Br: 刑務所長) 永野 弘之
イーダ (S:アデーレの姉でバレリーナ) 木下 志津子


東京大学歌劇合唱団
国井 由生子、森野 里恵、大谷 悠紀子、栃本 直子、深野 友美
藤井 和之、細入 勇二、加藤 瑞樹


東京大学歌劇管弦楽団
Concert Mistress 高橋 篤子

Flute/Piccolo 斎藤 潔、露木 玲、藤森 和哉
Oboe/English-Horn 倉持 優子、坂口 功
Clarinet/Bass-Clarinet濱田 雅裕、中村 仁
Bassoon 山下 伸介、佐藤 暢哉
Horn 佐久 間毅、大野 健太、大野 真理子
Trumpet 深野 友美、高地 勝幸
Trombone/Tuba 大倉 健嗣、小泉 秀雄、小林 悟
Percussion/Harp 遠藤 素子、五十嵐 雅
Piano 永野 浩之
Violin 伊香 修吾、大愛 崇晴、岸武 弘樹、熊田 陽一郎、
高橋 篤子、藤森 慈子、光田 晶、柳沢 賢、志磨 健、
福永 舞子、水野 明子、和田 紀子
Viola 尾崎 輝宏、笹井 朋昭、三宅 章仁
Cello 渋井 進、長谷川 潤一、山口 芽久美


- 舞踊 -

東京大学民族舞踊研究会 (賛助出演):中島 友之、 水口 将輝、渡辺 忠孝、谷本 光子、松岡 夕里子、山田 佳奈子


- スタッフ -

日本語台本片寄 隆典
照明 坂田 麻美子、管昌 徹治


ものがたり

幕が開く前のものがたり (第一幕相当分)

-オペレッタとしての上演は第2幕のみであったが、 ストーリーの説明のため、
登場人物が一人一人舞台に登場してそれぞれファルケからの招待状を手に独白する、 という形式で以下の内容を上演した。-

ウィーン郊外に住む裕福な青年銀行家ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイ1ンは、 役人を侮辱した罪でこれから八日間刑務所で服役することになっている。
しかし、アイゼンシュタインの友人であるファルケ博士は、 その日の晩にロシア人貴族オルロフスキー公爵の屋敷で盛大なパーティがあるので、 ぜひ行こうと誘う。
遊び好きのアイゼンシュタインは、 それならば刑務所へ出頭するのは明日にしようといい、 夜会服を用意すると、意気揚々と家を出る。

アイゼンシュタイン家で働く女中のアデーレも上機嫌である。
バレリーナである彼女の姉から、 同じくオルロフスキー邸でのパーティへの招待状が届いたのだ。
アデーレはアイゼンシュタイン夫人のロザリンデに、 『伯母が病気』と嘘をいい、一晩の外出の許しを得ると、 ロザリンデのドレスを持って出掛けてしまう。

一方ロザリンデは、ファルケ博士から、 今夜牢屋にいるはずのガブリエルが何をしているか教えよう、 という謎めいた手紙を受け取っている。
彼女はアイマスクで変装してやはりオルロフスキー邸にでかけることにする。

さらに、アイゼンシュタインを収監するはずの刑務所の所長のフランクも、 同じ招待状を受け取っている。


ファルケからの招待状を読む刑務所長フランク。
演じるのは、この翌年('96年)に総監督となる永野弘之

……こうして、アイゼンシュタイン、彼の妻、彼の家の女中、 彼を捕まえるべき刑務所長が、同じパーティで鉢合わせすることとなった。
実はすべては、以前にアイゼンシュタインの悪戯の犠牲となったファルケ博士のたくらみなのである。

第二幕

オルロフスキー邸では今まさにはなやかな舞踏会がくりひろげられている。
客の中には、アデーレの姿も見える。
彼女は姉のイーダを見付けて声をかけるが、イーダは彼女など招待した覚えはないという。


アデーレ(小野 芳=左)とイーダ(木下 志津子=右)

アデーレはひどい悪戯に怒るが、とりあえず夜会の場には残り、女優のオルガと名乗ることにする。

オルロフスキー公爵は派手なパーティにも退屈しきっている。
ファルケ博士は公爵を楽しませるために『こうもりの復讐』という冗談芝居を用意した、という。
実は『こうもり』とはファルケ博士自身についたあだ名である。
オルロフスキーはあまり期待した様子もなく、しかし一応ファルケの芝居を見ることにする。

やがて、牢屋に行くはずのアイゼンシュタインが、 フランス貴族ルナール侯爵を名乗って現れる。
オルロフスキーは彼にウォッカを勧め、自らの生活信条を披露する (お客を招くのは)。


ウォッカの瓶を片手にアイゼンシュタイン(伊香 修吾=右)に迫る
オルロフスキー(金沢 登喜子=左)

アイゼンシュタインとアデーレが引き合わされる。 お互いの顔を見てびっくり仰天。
『旦那様だわ! 牢屋へ入っているはずなのに!』
『アデーレ! なんであいつがこんなところにいるんだ?』
しかし、二人とも偽名を使っているために、珍妙な会話が繰り広げられる。
そしてアイゼンシュタインは、オルロフスキーに問い詰められて 『あなたはうちの女中にそっくりなのです!』と言ってしまう。
アデーレは怒り、アイゼンシュタインを責めて 『侯爵様、あなたに教えましょうか?』と歌う。


『この上品な顔のどこが女中だと言うの?』と歌うアデーレ

さらに新しい客が案内されてくる。
フランス人騎士シャグランと紹介されるが、実はアイゼンシュタインを収監するはずの刑務所の所長フランクである。 アイゼンシュタインとフランクは、お互いの正体を知らずに語り合い、意気投合する。

『こうもりの復讐』の最後の登場人物は、アイゼンシュタインの妻ロザリンデである。 彼女はアイマスクで変装し、ハンガリーの貴族の夫人というふれこみで現れる。

彼女を目にしたアイゼンシュタインは、いつもの小道具である金時計を手に口説きにかかかる。 目の前の相手が自分の妻だとも気付かずに。
一方ロザリンデは、ルナール侯爵を名乗っているのが自分の夫であることを知っている。
『あの時計は浮気の証拠になるわね』と言い、 アイゼンシュタインの恋の術にかかるふりをしながら彼の時計を取り上げるチャンスをうかがう (『時計の二重唱』)。


『まあ、素敵な時計ですこと』と変装して迫るロザリンデ (橋本 佳代子=左)

ロザリンデは胸の鼓動を計って下さらない、私が時計を見ていますから、 と言うと、首尾良くアイゼンシュタインの時計をとりあげてしまう。

再び集まってきた人々は、ハンガリーの貴婦人の顔をぜひみたいと、 マスクを取るように要求するが、彼女は拒絶する。
すると客たちが、ではハンガリー人であることを証明しろと言うので、 ロザリンデはハンガリーの音楽であるチャルダッシュを歌う (『故郷の調べを聴けば』)。
パーティの客が全員集まったので、晩餐の支度が整えられる。


召使いたちによってテーブルが用意される。
「召使い」は実はオーケストラの団員!

アイゼンシュタインが、 『こうもり博士』というファルケのあだ名の由来について語る。
ファルケの冗談芝居『こうもりの復讐』とは、 アイゼンシュタインにその時の仕返しをしようというものだった。
アイゼンシュタインは『復讐なんかされるものか、僕の方が一枚だ』 と気にもかけない。
自分が手を取っている貴婦人が復讐の一部であることに気付いていないのだ。

やがてシャンパンが用意され、一同は乾杯する(『シャンパンの歌』)。
一同ほろ酔い加減となったところで、 ファルケ博士は皆お互いに手と手をとって友達になりましょう、 と提案する(『さあさあ、仲良く二人』)。

お互いに手と手をとって、と歌うファルケ(武藤 一哉)

その歌にオルロフスキー、アイゼンシュタイン、 フランク、アデーレ、イーダ、 そしてパーティの客たちが次々に和し、音楽は大いに盛り上がる。

続いて、ゲストたちによるダンスが披露される。
(この場面では、本来の『こうもり』のためのバレエ音楽ではなく、 ポルカ『雷鳴と電光』が演奏された。)


ゲスト・東京大学民族舞踊研究会の皆さんによる「雷鳴と電光」

ゲストのダンスにパーティの客たちは大いにもりあがり、 自分達も踊ろう、とワルツを踊り始める。
アイゼンシュタインは再びロザリンデにせまり、 マスクの下の顔を見せてくれと頼む。
しかしその時、時計の鐘が6時をつげる。
とたんにアイゼンシュタインとフランクは慌て出す。
行く先は実は同じ……アイゼンシュタインが刑に服するための、 そしてフランクにとっては職場である刑務所へ。
そして、はなやかなフィナーレの音楽とともに、 パーティの他の客達に見送られて帰っていく。

……その後、牢屋よりももっとひどい目に会うことも知らずに。

こうもりの舞台裏

『半上演形式』のために

何しろ舞台が狭い。間口12m×奥行き6.4m。
ピアノの発表会にはやや広め、という程度のスペースに、 少々小ぶりとはいえ二管編成のオーケストラを乗せ、 さらにその前舞台にセットを組んで劇を上演し・・・
それどころか激しく踊りまで踊らせよう、というのだ。
事前に、オーケストラを『詰め込む』実験が試みられた。
普通にならべていたのでは、オーケストラだけでも 舞台からあふれてしまう・・・。
巻き尺片手にいろいろ試行錯誤した結果、 幅10m×奥行き4mの中にオーケストラを詰め込むことに成功。
その手前の、奥行き2mの部分が演技空間ということになる。

人物の動作が左右方向だけとなりがちなのをできるだけカバーし、 実際以上に舞台に奥行きが感じられるようにいろいろ工夫している。
オーケストラの後ろのわずかなスペースに台を組み、 キャストをその上に上らせて演技をさせてみたり・・・
わざわざ装置の後ろを歩かせて見たり・・・。
結果として、まぁ『狭い!』とは思わせずに済んだようだった。
『大劇場でなくてもオペラは可能!』という一つの可能性を示せたと思う。

オペラ史上最低予算の『こうもり』

元々は『演奏会形式』でやる予定だったため、 美術関係にはほとんど予算がついていなかった。
というわけで。
貴族の夜会だというのに、食器はほとんどママゴトのような物だった。
シャンパングラスは東急ハンズで買ってきた100円のプラスチック製のもの、 コンビニエンスストアで大袋で買ってきた紙皿と紙ボウル、 そして100円ショップで見つけたポリエチレンのナイフやフォークに、 アルミホイルを巻いた物。
その他の物は、適当に団員が家から持ってきたものだ。
よって小道具費はほんの数千円。
・・・今時、高校の演劇部だってもっと予算が豊富だと思う。

大道具に至っては、ほとんどなにも作らなかった。
『大道具用』として持っていったのは、布が数枚だけ。
会場にあったデコラ(折り畳み机)にテーブルクロスをかければ、 豪華な晩餐の支度のできたテーブルに。
控え室の古い長椅子に布をかければ・・・あら不思議、 ロシア貴族のサロンのソファに早変わり(^^;;) ・・・という具合。
かえってデコラの方が場転が楽で都合がいいくらいだ (キャスターがついているので、一人で押せば動く)。

写真を見ていただければわかるように、衣装だけは豪華。 これは、実はすべて団員の自前と自腹レンタル。
『テキトーにありあわせでよい』という指示を出したら、 みんなそれぞれちゃんとしたのを用意してしまった・・・。
いい思い出にはなったようだけど。

まぁ、観客のアンケートの中には『貴族の屋敷でパイプ椅子なんて・・・』という、 からかいのような言葉もあったが、 概して好意的に見てもらえた。
『オペラって、初めて見たけど、面白いものなんですね』という言葉は、 僕たちにとってはなによりの評価。
学生アマチュアのオーケストラや合唱団が一回のコンサートに百万円単位のお金を使う時代、 僕たちは40万円(ホールや楽譜のレンタル料、楽器の新規購入費も含んでこの値段!) でオペラを上演してしまった。
予算がなくたって、設備がなくたって、工夫次第で十分オペラは可能なんだ、 と改めて実感。

歌劇団の英語名

今回の楽譜はウィーンの出版社からのレンタル (いつもはトヨタミュージックライブラリーというところから借りている)。
国外と契約する時には、団体の英語名が必要(らしい)。
えっ、『トーダイカゲキダン』ってローマ字で書くんじゃ駄目なの? 全然考えてなかった・・・。

すると、契約仲介を頼んだヤマハ楽譜係のお姉さん、 ちょっと考えた後、"University of Tokyo Opera Theatre" と、見事に英語名をつけてくれた。 (まあ、直訳っていえば直訳・・・)
『歌劇団』って、"Opera Theatre"になるんですね。思いつかなかった・・・。
あのときの担当の方、お名前もわかりませんが・・・ありがとうございました。


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